門男   きくちそう


「おじいさんだあれ?ここでなにをしているの?」
 少女は白い服を着ている。
 お母さんが着せてくれた服だと少女は思っているが、よく思い出せない。
 可憐なレースは透き通るほど白く、シフォンのフリルは光を拒むように白い。
「おじいさんはね、門男(もんおとこ)だよ。ここで門を通る人を待っているんだよ。」
 門男は白っぽい服の上に、黒っぽい服を着ている。ちょっとそこまで出かける時の年配男性の服というものがあるとすれば、きっとそれだ。
「もん、おとこ。」
 少女は反芻するように呟いた。目の前に立つ男は、門と関係があるようだということはわかった。
「お嬢さんは、この門を通るのかい?」
 門男に問われた少女はまず、門男を見つめ、それから上を向き、右手を口にあて、右下を向き、左手で頬を掻く。くるくると目を動かして、こう言った。
「わからない」
 少女はとても遠いところから来た。
 本当だったら、このピカピカのエナメルの黒い靴は、底のコルクがすり減ってなくなってしまうくらい遠いところから来た。
 生まれてから今まで、多分歩いたこともないくらい長く歩いて、気が付くと門があったのだ。
 でも、疲れてはいなかったし、お腹も空いていなかった。もちろん靴底もすり減っていなかった。
「おじいさんはここにすんでいるの?」
 少女は門男に尋ね、門男はかぶりを振った。
「おじいさんはね、ここに入る人を待っているだけだよ。だからお家はないんだ」
 少女はそれを聞いて、
「そっか。かわいそう。」
と言った。
 少女は家がないと言った門男に同情した。いつだったか、とても昔、お父さんが家のない人のことを話していたのを覚えていたからだ。
「お嬢さんには家があるのかい?」
 門男の問いかけに、少女は少し意地の悪いものを感じた。
「わたしには」
 咄嗟に語気を強めてそこまで吐き出し、それから少女はお母さんとお父さんのことを思い浮かべた。もうどんな顔だったかわからなくなっていた。
 その代わり、お父さんとお母さんのあとにできた家族のことは思い出した。それから唾を飲み込んで、門男を見つめてゆっくり言った。
「わたしはひとりでいかなくちゃいけないって思ったの」
 それはとても清く澄んだ声で、門男は少しだけ驚いた。でも、門男はその声を聞いて嬉しくて、思わず小さく声を上げて笑った。
 それからこう言った。
「ようこそ、これは君のための門です。そして私は君のことをずっと待っていました。」
と言って手を差し出した。
 少女はほんの一瞬だけハッとした表情を浮かべたが、すぐにいたずらっぽい笑みを口許に浮かべ、
「あら、こんなところにいらっしゃったのね。全然気付かなかった。」
 そう言って目を細め、コロコロと笑った。
 そして、少女は少年に手を引かれ、門をくぐる。羽根のように駆け出した少女と少年は、夜明けの霧のような白の中に溶けていって、すぐに見えなくなった。





きくちそう
寒い寒い言いながら生きてます。
夏よりは冬の方が好きですが、冬になるとやっぱり夏の方が好きかもと思ったりもします。

ありがちなのを二つ書いてみました。ありがちなので、書いていてストレスもなく楽しかったですが、表現力なさも露呈する結果となった気もしています。ふふふ。